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なんきホームズは無添加住宅の正規代理店として、大阪・奈良を中心に自然素材の家づくりを行っております。

大阪・奈良で無添加住宅を提供するNanki Homes

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無添加住宅

株式会社竹本組

〒536-0007
大阪市城東区成育2-12-2
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一生に一番の大きなお買い物、それは家ではありませんでしょうか?

なんきホームズのルーツは「紀州の左官屋」

私の田舎は和歌山県新宮市です。

昭和6年、祖父が和歌山から大阪に出てきて、城東区で「竹本組」を旗揚げしました。これが「なんきホームズ」のルーツです。

稼業は左官でした。当時、家の外壁は土壁か漆喰壁の2つが主流でした。なので、仕上げには左官屋の技術が必要になります。祖父は7、8人ほどの弟子を雇い、仕事に非常に厳しい方だったと聞いています。職人気質な性格だったのでしょう。

左官業は昭和6年から30年頃まで続きました。戦争を挟んでいたとはいえ、この時代は大阪の町も急速に成長し、家がどんどん建ちました。

繁忙を極めた時代だったと思われますが、意外に儲けは少なかったようです。 というのも、家を建てるときは、まず大工さんが骨組みを作り、屋根職人が屋根を作り、瓦職人が屋根を葺きます。さまざまな技能集団が協働で一軒の家を作るわけです。

当然、左官屋も技能集団の一つですが、出番は家作りの最終段階です。すると、施主様の懐(ふところ)も、大工さんや屋根職人などに賃金を支払うため、日に日に懐が寂しくなっていきます。
「すいません。お金がもうこれだけしかないんです」・・・そのように値切られる役回りが左官業でした。

祖父も色々と考えたのでしょう。他にも職人たちとの出会いも多く、そのうち大工さんと組んで家一軒を 丸ごと請け負うようになりました。仕上げ担当から、全体担当の建築業に変わっていったわけです。

昭和30年代、高度経済成長が幕を開けた時代です。何もかもが右肩上がりで、公共工事もどんどん増えました。大規模な住宅地が造成され、戸建て住宅 や団地、マンションが建ちはじめます。私の父も祖父の仕事に参加するようになり、父へと代変わりをしたときからコンクリート建築のノウハウを習得し、マンションを請け負うようになりました。また官公庁の入札指名競争参加資格を取ったことで、学校の校舎・体育館なども受注・建設いたしました。このように私どもの業態は左官業、建築業、総合建設業へと移行していったわけです。

なんきホームズの前身「竹本組」あらゆるニーズに応えるために…

時代は高度経済成長期から安定成長期に移り変わりました。いわゆるバブルの時代です。大学在学中は海外で仕事するのが憧れでした。

建築の専門知識が無いまま、父が経営する会社に就職。最初は現場仕事がスタートでした。朝から倉庫で、防腐剤を塗ったり材料の整理、そして現場の清掃が私に与えられた仕事でした。職人さんと対話したり、現場での作業は、まいにち新しい世界との出会いで溢れていました。

また、モノづくりをするということが、私の気性にもあったのだと思います。その後、現場作業・お施主様への営業など、さまざまなことを経験し、竹本組の歯車の一つになっていきました。

父はリフォームの専門会社として昭和63年に「南紀建設」を創業し、のちのなんきホームズの前身が生まれました。リフォームから新築まであらゆる建築のことに対応するためです。平成11年、私は代表取締役となり、その翌々年に父が亡くなりました。この時代はバブルが完全に弾けていました。低値安定の時代であり、会社としても大変な時期を迎えます。今後、会社の方向性をどうするかと考えたとき、いくつかの選択肢はありましたが、やはりお客様の夢を直接聞いて、それを形にできる“注文住宅”を伸ばしていきたいと考えました。

無添加住宅との衝撃的な出会い

日曜の夕方、たまたまTV番組を見ていたところ、番組で特集されていた『無添加住宅』に出会いました。社長である秋田憲司氏も登場され、興味深い話をされていました。

印象に残っているのは地球温暖化についての話です。地球上で二酸化炭素を最も多く排出しているモノは車です。2番目は建築業界になります。 建物そのものに問題があるわけではなく、建物にはプリント合板やビニールクロスなどが使われています。これら新建材と呼ばれるものの多くは石油を原料とする合成樹脂(プラスチック製品)を使っており、それらの製造過程において二酸化炭素が大量に排出されているということです。

私は環境問題にも興味があり、秋田社長の著書を読むようになりました。もっと多くの事が知りたくなり、兵庫県西宮市にある本社へ。さまざまなお話を聞き、実際に無添加住宅を見学したわけですが、衝撃的でした。住宅とは「こんなものだ」という私自身の考えが、ことごとく否定されたのです。

これまで当たり前のように使っていた建築材料…たとえば、新建材、化学接着剤、サイディングボードなどはひと欠片もありませんでした。壁は漆喰塗り、床は天然無垢材、屋根さえ天然石葺きです。まさに時代に逆行しているような『無添加住宅』との遭遇でした。 こうして私は、無添加住宅の代理店になる決断をしたわけです。

身体に悪いものは一切使わない、世界でいちばん、自然に近い家へ

高温多湿で四季がある日本の住環境において、高気密・高断熱を目指すことが住宅の理想であるように思われていました。しかし、理想型をうたった住宅で体調不良になる人が続出し、やがて「シックハウス症候群」という言葉が生まれました。

「無添加住宅」の発想は、体にいいものを使おうではなく、体に悪いものを使わないということです。そう考えたとき、昔の家には「シックハウス」というものがまったくありません。ならば、昔の家を建てたらいいのではないか、そう考えたのが出発点です。

漆喰にしても、ムク材にしても昔から使われてきた材料です。そして、木と木をくっつけるものは化学接着剤ではなく、米糊やニカワでした。それらを現代の住宅に使おうではないかと、秋田社長は考えました。大量生産こそできませんが、家作りとはそうあるべきだと私自身も考えています。

つまり、工場でパーツを作るのではなく、地元の大工さんにより、地元の自然な材料を使って、家を組み立てるということです。

家は歳月とともに味わいが滲み出るもの

私どもの会社は社員数わずか10名です。きめ細かい対応をするために少数精鋭で経験豊富なスタッフを揃えています。

私自身も現場にいることが多く、できるだけお客様と直接お話しをするように心掛けております。お客様からすれば、代表者の顔を見ながら自分たちの要望が言えるというわけです。小さな会社ならではの“お客様とのコミュニケーション”が、大手ハウスメーカーにはない「私たちの強み」なのかなと思っています。

そして、当社には80年以上にわたる家作りの実績もあります。
家というのは子供と一緒で、産んだら終わりなのではなく育てていくものです。若い頃はたしかにきれいですが、過ぎた歳月とともに味わいが出てきます。家も同じように、経年変化によって木目の色がどんどん濃くなっていきます。
印象に残っているのは地球温暖化についての話です。地球上で二酸化炭素を最も多く排出しているモノは車です。2番目は建築業界になります。 建物そのものに問題があるわけではなく、建物にはプリント合板やビニールクロスなどが使われています。これら新建材と呼ばれるものの多くは石油を原料とする合成樹脂(プラスチック製品)を使っており、それらの製造過程において二酸化炭素が大量に排出されているということです。

無添加住宅を通して
本当に安心できる暮らしを・・・

「無添加住宅」は100年の耐久性を目指しており、3世代にわたって、安心してお住みいただきたいと考えています。コーキングや新建材等のように、劣化する材料を使わないようにしているからです。もちろん、歳月とともに床色は濃く、壁は汚れていきますが、 それが家の美しさにもなってくるのではないでしょうか。

「命を使い切れ」
父親が私によく言っていた言葉です。
そして、私も父となり、
2人の子供がいます。
親として、子供たちには健康に育って
ほしいという想いがあります。

それも弊社が「無添加住宅」を選択したの理由の一つです。これほど徹底して健康について考えた家なのに、その有効性も堅牢性も「知る人ぞ知る」にとどまっているのが現状です。 家を建てるのが私の仕事です。

これからも健康に良い『無添加住宅』を
皆様に広めていくことに、
自分の生涯をかけていきたいと考えています。

どうぞお気軽にお問い合わせください。

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